山内
山内一弘氏が亡くなられた。

昭和43年に、当時の根本監督にこわれて阪神から移籍してきた山内は、既に年令は38才で、阪神での成績もあまり芳しいものではなかった。
しかし移籍した年には、打率.313で王、長島についで3位、ホームラン21本、打点69で全試合に出場し、カープを引っ張った。確か3番山本一義、4番山内、5番衣笠だったと思うけど、最後の花を咲かせてくれて、見事カープ史上初のAクラス(3位)に貢献してくれた。

翌44年には法政3羽ガラスの一人、廿日市高校出身の山本浩二が入団し、ライト山本一義、センター山本浩二、レフト山内一弘という山トリオの外野陣となる。

まだ76才という若さ?では早い気もするが、充実した人生を送られたと思います。
冥福をお祈りいたします。

ところでこの昭和43年というのはカープにとって大きな転換期でした。
まず名前が広島カープから広島東洋カープに変わり、監督が後のカープ黄金時代の礎を築いたと言われる根本監督に変わった。根本はその人脈で山内を獲得し、衣笠を1塁にコンバートしてレギュラーに定着させ(打率.276、本塁打21本、58打点)、ピッチャーでは外木場(21勝14敗、防御率1.94(1位)で大洋戦では完全試合達成)を見いだし、安仁屋(23勝11敗、防御率2.07(2位))とともにエースに仕立てた。

まだ私は小学生でしたが、この年をきっかけに大のカープファンになったのです。・・・今は・・・?
スポンサーサイト
2009.02.07 Sat l 野球 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://overrev21.blog67.fc2.com/tb.php/40-1cf01d30
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)